消費者との対話を通して、個々のニーズに応える野菜作り。
高台にある見晴らしの良い畑で作る野菜はなんと120種類。
農家の長男として生まれた山森金雄氏。小学生の頃は草むしり、大学生になるとネギの収穫をしてから講義を受けに行った。教師になりたいと考えていたが、当時は農家の長男に職業の選択肢はなかったと振り返る。山森氏が本格的に農業を始めたのは、大学卒業後の昭和52年。それから40年、鎌倉野菜を作り続けてきたベテランだ。取材でお邪魔した畑は、富士山と箱根二子山、丹沢連峰までが望める見晴らしの良い高台にある。
「葉物を中心に120種類くらいの野菜を作っています。夏はトマト、キュウリ、ナスなどが中心。あとは珍しい野菜やカラフルな根菜類かな。にんじんは、黄色とか黒とか赤とか京にんじんとかね。各地の良いもの、新しいものをどんどん取り入れて作っています」
畑には、あやめかぶ、ハンサムレタス、ビーツ、オータムポエム、菜花、ラディッシュ、黒大根、紅芯大根、ハウスにもルッコラ、からし菜、グリーンリーフと、植えられている野菜は本当にさまざま。海外から珍しい野菜の種を取り寄せて育てることもある。ロマネスコもその1つ。初めはインターネットで種を取り寄せ、日本と違い収穫時期も明確に定まっていないヨーロッパの野菜を試行錯誤しながら作ったそうだ。
鎌倉野菜を求めて県外の有名レストランのシェフもやってくる。
鎌倉の気候風土の特徴は温暖なこと。台風や塩害の被害も時には受けるが、海風で運ばれてくるミネラル分によって甘みがあり、味の濃い野菜が育つという。山森氏が野菜作りでこだわっていることの1つは安心して食べられること。
「肥料もいろいろ使っていますが、有機質の肥料をちょっと多めに使ってるかな。あとはなるべく減農薬を目指しています。鎌倉の連売所を見るとわかるように意外と虫食いがあるのは、ぎりぎりでやってるから」
そしてもう1つが消費者の細かいニーズに応えること。ほとんど市場を通さず、連売鎌倉市農協連即売所(以下、連売)で直接販売し、消費者と対話することで、例えば、ビストロオランジュなど個々のレストランのニーズを捉え、野菜の栽培に生かしている。
「東京の木場とか吉祥寺からもいらっしゃるし、大船中学校の後輩に有名なベージュ アラン・デュカス東京の小島シェフがいらして、店に行く前に連売所に買いに来るので材料を提供しています」と山森氏。
地元に限らず、東京など県外からも素材にこだわる名シェフたちが山森さんたちの作る鎌倉野菜を求めてやってくる。
レストランを訪れ、対話し、ニーズを合わせて野菜を作る。
連売は、昭和3年頃、横浜の長尾台の農家さんが中心となって直接消費者に野菜を売ろうと各地区の先進的なリーダーたちが集まり始まったと言われている。その連売で飲食店の方々と直接顔を合わせ、対話する中で信頼関係を築き、ニーズを探り、それに応えた野菜作りを行なっている山森氏。
「レストランに食べに行ったりして、どういう風な形で材料が提供されているかっていうのを自分の目で見るようにしています。こっちでイメージしていたのと違うこともあるし、例えば同じ野菜でもお店によって欲しい大きさも違うし、そういう個々の要望に対応しています。スーパーだと規格が統一されていますので、隙間産業と言うか、そういう見えないところのニーズを掘り起こすことが、直接売るメリットですかね」
とはいえ、1店1店からの細かい要望に応えるのは、相当な手間がかかる。それでも山森氏は「そこが自分たちの生き残る道だと思っています」とさらりと笑顔で答える。
体験農業では土に触れながら、農業と鎌倉野菜を知って欲しい。
最近では、カメラを持って連売を訪れるヨーロッパや中国の観光客も増えた。
「中には買っていく方もいますね、スタイルが東南アジアの市場みたいって言われますね。今は道の駅なんかもレジでもなんでもきれいですけど、連売は昔からのやり方でやってるのでね」と笑う。
雑談の中で、野菜畑の横でレストランを開きたいとも話してくれた山森氏に今後のビジョンを聞いた。
「具体的に言えば、体験農業を増やしてみたいなと思っています。やってほしいという需要もあるのでね」山森氏は鎌倉大根の体験農業の取り組みを始めたばかり。
「トマトとかキュウリの収穫とかの体験農業もやりたいなと思っています。消費地に近いからこそ、消費者と密接な関係を築き、体験農業なども通して農業を身近に感じてもらいたいですね」
さまざまな鎌倉野菜を作ってきた山森氏のもとで土に親しむことができる農業体験。子どもには野菜作りの大変さを知る食育にもつながるよい機会となりそうだ。今後の展開が楽しみだ。