【鎌倉ピックアップインタビュー】一軒家フレンチ ビストロオランジュ鎌倉 オーナーシェフ 黒木伸太郎さん

料理と地域と人との関わりを丁寧に紡ぐフレンチシェフ。

一軒家フレンチ ビストロオランジュ鎌倉 オーナーシェフ 黒木伸太郎さん

フランス料理というものづくりの世界へ。

ビストロオランジュ鎌倉のオーナーシェフ、黒木伸太郎氏が熊本県八代市から茅ヶ崎に引っ越してきたのは小学6年生の時。建築関係の仕事していた父の影響から、漠然とものづくりをする仕事に就きたいと考えていたという。料理人の道を決めたのは高校生の時。

「飲食店でアルバイトをしまして、身近なものづくりとして料理があり、そこから料理人を目指してみようと思いました」

料理といえども和食、イタリアン、中華と種類はさまざま。その中で黒木氏が選んだのはフランス料理。フランスという国に魅力を感じ、フレンチの奥深さを学んでみたいと、日本でコックとして働きながらフランス語を勉強し、渡仏する。
「15歳くらいの研修生の子たちと横並びで玉ねぎを切ったりするんですが、料理はその子たちよりできるかもしれないけれど、シェフから言われたことが理解できない、動けない自分がいました。言葉には一番苦労しましたね」と当時を振り返る。

コミュニティとの関わりを深めるうちに鎌倉の人、鎌倉の店に。

フランスから戻り、先輩に誘われた東京の店で約1年働いたころだった。いずれは茅ヶ崎に戻り、小さくても自分の店を持ちたいと考えていた黒木氏にチャンスが訪れる。

「その店に出入りしていた鎌倉にご縁のある店舗開発の方にご紹介いただき、30代半ばくらいと考えていた独立でしたが、これは流れだなと勢いで決めました」

28歳という若さで鎌倉に店を開いた黒木氏。新しい飲食店ができては消えていく鎌倉で、当初、地元の人々の反応は“せいぜい頑張ってね”という静観のスタンス。良くも悪くも歴史ある鎌倉は地元愛の強い方が多く、よそ者を最初から歓迎しない空気を感じた。

「コミュニティに関わる手段として商工会議所や観光協会に入り、集まりがあるときには名刺を持って、ご年配の方々にもたくさん挨拶をさせていただきました。続けるうちに仲間になっていくというか、5年10年経つうちに、鎌倉の人、鎌倉の店としてみていただくようになり、地元愛が逆に作用して、地元の方に認めていただけてきたのかなという気がします。

商工会議所青年部会長の顔を持ち、様々な角度から鎌倉を盛り上げる。

コミュニティに積極的に参加したいと考えた黒木氏が、自ら鎌倉商工会議所のドアを叩いたのは33歳のころ。

「青年部があるよと紹介され、喜んで入らせていただきました」
その後は、花火大会やビーチフェスタの警備・運営、町おこしのためのイベントを立ち上げるなど、商工会議所のさまざまな事業にも積極的に参加してきた。地域との絆を深め、青年部を盛り上げてきた黒木氏は、その活動が認められ、現在では青年部の会長を務めている。

そんな黒木氏が作るフレンチの基本はシンプル。黒木氏が生まれた熊本では祖父母が農家を営み、今も従兄が農家を続けている。身近にいる生産者の気持ちや苦労がわかるからこそ、素材の良さを大事にしたいという思いも強い。

「例えば地方に旅行に行った時には、その土地のものを食べたいと思うわけですよね。鎌倉にいらした方にどんなもてなしができるかな、できる限り鎌倉の食材を楽しんでいただくために私にできることは何だろう。そう考えた時、フランスで修行したことと、フランス料理を作るということが基盤にあるので、その知識と技術でそれらを料理したらこうなるという商品を作りたいと思っています」

フレンチの知識と技術で鎌倉の食材のおいしさを引き出す。

鎌倉を訪れる外国人は年々増加しているが、黒木氏は海外のお客様だからといって特別に意識することはない。一人のお客様として、鎌倉の食材、日本の食材を黒木氏ならではの調理法を楽しむこと、それが結果として鎌倉での食事としてその人の記憶に残るのだ。

「鎌倉はほとんどの日本人が知っている歴史ある伝統的な街であり、注目度の高い街です。その中で小さいかもしれませんが、1つの飲食店としてどんな魅力を、輝きを出せるのか。そういうものの集りが街だと思うので、その街の一端を担わせていただいているという自覚も持ちつつ、鎌倉らしさを出せるビストロを作っていきたいですね」

新鮮な海の幸がすぐに手に入り、野菜も毎朝、農家さんが直売している市場で仕入れられる。そうした食材を活かしつつ鎌倉になくてはならない、お客様に必要とされる店であり続けるため、黒木氏は日々、料理と地域と人に真摯に向き合っている。