【鎌倉万歩】思い出の白糸の滝。富士の巻狩り、曽我兄弟の敵討ちの現場を訪問しました。

鎌倉農泊協議会の間宮です。

私の家族にとって思い出の「白糸の滝」。
両親とふたりの妹に義弟。車で行った旅。
見つからない写真の構図は、目を瞑っても浮かんできます。

今回は、その白糸の滝へ行ってみました。

家族で行ったドライブ旅行から50年以上経って、
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のゆかりの地として訪ねることになりました。

東海道線で熱海から静岡行きに乗り換えて富士駅へ。
身延線に乗り換え富士宮駅へ。ここまで2時間半かかります。

観光協会で関連の資料に加えて、バスのダイヤ表まで頂きました。

そこからバスで白糸の滝まで30分。

ようよう、思い出の地に着きました。

この地は、鎌倉時代には源平合戦、富士川の戦い、富士の巻狩り、
曽我兄弟の敵討ちなど鎌倉幕府の成立前後の時代に関りの深い地域です。

まず、「音止の滝」、「白糸の滝」を訪ねます。

高さ20m、幅150mの湾曲した絶壁の全面にかかる白糸の滝は、ほとんどが富士山の湧き水。
岸壁の間から流れる白い絹糸のように流れる様は、優しい景観を見せて、
キリリとひんやりした風を運んでいます。

頼朝は巻狩りのおり、この景観を楽しんでいました。
頼朝の(お鬢水/おびんみず)はこのあと行くことにします。

白糸の滝の手前に、(音止の滝)の案内板があります。
又の名を(音無の滝)とも呼ばれています。

白糸の滝の東側で、こちらは轟音を響かせる豪快な滝です。
立ち入り禁止の札があり、ここからは川まで進入できません。

遠くに見下ろすように眺めるだけですが、引き込まれるような景観に圧倒されました。

去る前によく見ると川まで降りる道がありそうです。残念。

いよいよ、白糸の滝です。

広場を抜けて、こんもりとした森を過ぎると坂を下る階段があります。

徐々に下っていくと白糸の滝の全景が見えてきます。

何人もの観光客が、それぞれ滝の風情を楽しんでいます。

私もベストショットを探しながら、階段を下りて行きます。

いつか父母と眺めたあの滝。少しも変わっていません。

しばらく眺めていると、写真を撮ってほしいという方に声をかけられ、お互いに記念ショットを撮り合いました。

次は、白糸の滝の展望台へ進みます。

ここの案内板に寄ると紅葉と富士山が見えるポイントのようです。(※この写真は案内板のもの)

その奥には(お鬢水/おびんみず)の案内があります。

別名(鬢撫水/びんなでみず)。

頼朝が富士の巻狩りを行った際、白糸の滝の上にある岩穴の湧水で、
鬢のほつれを直したとされています。

見た目にも、今でも澄んだ綺麗な水でした。
手を差し入れると、ひんやり。

名称白糸の滝
所在地静岡県富士宮市上井出・原

広場の(曽我橋)を渡り、しばらく進むと(曽我の隠れ岩)があります。

父の仇である工藤 祐経を討つために、
兄弟がこの岩に身を潜めて、密議を行なったとされています。

この時、近くの滝の音が、あまりにもうるさく、密議の声が遮られ、
しばし神に念じたところ、一瞬滝の音が止んだと言われています。

それが、先程の(音止の滝)です。

名称曽我の隠れ岩
所在地静岡県富士宮市上井出340

この隠れ岩の近くに(工藤 祐経の墓)があります。

曽我兄弟に父の仇として討たれた頼朝の御家人の祐経の墓と言われています。

ここから、2kmほど離れた所に曽我八幡宮があります。

街道筋のセブンイレブンが目印。

路地を曲がると、しばらくして赤い鳥居が見えました。

【曽我八幡宮】

父の仇を果たした曽我兄弟の孝行心に感心した頼朝が建てさせました。

名称曽我八幡宮
所在地静岡県富士宮市上井出1781

セブンイレブンの前にあるバス停から富士宮に戻るバスに乗り、
終点の一つ前で降りました。

【富士山本宮浅間大社】

北条 義時をはじめ、多くの人物がこの浅間大社に厚い崇敬を寄せました。

頼朝は富士の巻狩りで流鏑馬を奉納したと伝えられています。

名称富士山本宮浅間大社
所在地静岡県富士宮市宮町1-1

富士宮から富士へ。

一つ手前の駅(入山瀬)に(曽我寺)があります。
目印の看板は剥げていて、うっかりすると見失う看板です。

曽我兄弟が無惨な殺され方をしたのを弔うために建立されました。

境内の裏にあるカヤの木とシイの木が印象的です。

今では訪れる人も少なそうで、寺はさびれた感じがしましたが、
お墓は綺麗に作られていました。

横に曽我兄弟の勇ましい像が置かれていました。

名称曽我寺
所在地静岡県富士市久沢229

両親と家族の思い出のドライブ写真の背景には、このような深い歴史が潜んでいたのですね。

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」本編についての解説ブログも是非ご覧ください。