鎌倉農泊協議会の間宮です。
今回のタイトルは「変わらぬ人」。
変わっている人ばかりですが・・・。
富士の巻狩りで起こった、頼朝の暗殺未遂。
その余波が鎌倉を揺るがしている。
野心を見せた者を頼朝は許さない。
(ドラマのプロローグより)
頼朝と嫡男・万寿が御所に戻ると、政子が泣き笑いの顔で迎え、
大姫、全成、実衣は安堵に胸を撫でおろした。
「賊に押し入られても、万寿は少しも慌てずに、見事な采配でございました」
義時は、政子に笑いかけて言った。
大江 広元から義時に渡されたのは源 範頼を跡継ぎとする為に、
三善 康信(みよし の やすのぶ)が早馬で朝廷に送ろうとした書状である。
梶原 景時が使者を途上で取り押さえ、頼朝に差し出したものだ。
義時は、範頼は鎌倉を守るために動いたと信じたい。
「範頼はおそらく、混乱を収めるために動いたのです」
「なぜ、ああまでして急いで跡を継ごうとされたのか解せません」
その場で制した広元の言葉は重かった。
頼朝もまた、疑心暗鬼になっていた。
範頼は困った立場になっていた。
範頼に鎌倉殿になれと推したのは比企 能員だ。
範頼が比企の館まで行って、頼朝への取りなしを求めると、
能員は顔も出さずに仮病を使って逃げた。
範頼がとった行動に義時が思わず、
「この一件は、比企殿が絡んでいるのではありませんか。ならば鎌倉殿にはっきりと・・・」
「全て私の一存でやったことだ」
範頼は責任を一身に負う覚悟だ。
「あの時は、兄上が討たれたと思い込んでいまして、誰かが跡を継ぎ采配を取るべきと考えました」
「なぜ、わしが生きて帰ると思わなかったのか。死んでいるという思いが先に立ったのではないか」
頼朝は厳しく責めた。
その時、広元は起請文に誤りがあると難癖をつけた。
「それは言い掛かりでございます」
義時は範頼のために抗弁した。
頼朝が範頼を信じようという気持ちが伝わってこない。
「範頼、謹慎を命ずる」
安達 盛長(あだち もりなが)はこの事態を憂慮した。
そこで、頼朝の乳母だった比企尼に、間に入って欲しいと頼んだ。
比企尼はすぐに御所に駆けつけた。
政子も納得できずに頼朝に懇願した。
「疑われるようなことをした。それだけで罪なのじゃ」
「立場は人を変えますね」
比企尼は寂しい気持ちで頼朝に言った。
「源氏の棟梁として、甘く見られないように、私はこうやって命を繋いできたのです」
頼朝は一人になると考えに耽った。
翌日、範頼は死罪を免がれて伊豆の修善寺に幽閉、謹慎を命じられた。
事件が落ち着くと、義時は比奈と一緒に暮らし始めた。
穏やかな日々が続くが、義時は最近、頼朝の気持ちが掴めなくて落ち着かない。
範頼に対する頑ななほどの不信感や、制裁もその一つだ。
後白河法皇の崩御で大姫の後鳥羽天皇への入内は棚上げになっている。
頼朝は都で力を伸ばしている公家の一条家に目をつけた。
大姫は義高への思いが強く残っている。一条との縁組を断った。
「政子、大姫のこと、なんとかせよ」
政子は全成の協力を仰いだ。
義高の霊魂を呼び出し、大姫に引導を渡す事にした。
全成が祈祷を始め、義高の霊が現れた。
「姫、私のことはもう忘れてください」
「このままだと、私は極楽へ往生できない」
しかし、すぐに大姫は、全成の芝居だと見破った。
思い余った大姫は、義高の父・義仲の愛妾だった巴御前(ともえごぜん)に会った。
巴は全てを捧げた義仲と死別し、前を向いて生きている。
巴が語る言葉が大姫の心に刺さった。
「帝のお后となる話を、もう一度進めてください」
頼朝と政子に自ら申し出た。
頼朝は二度目の上洛をした。元服して万寿から名を改めた源 頼家を伴った。
この上洛には、後鳥羽天皇の入内を望む大姫と政子も同行している。
朝廷で力を持っている丹後局(たんごのつぼね)に挨拶するのが目的だった。
大姫は美しく着飾って、政子と共に広間に入った。
丹後局は、にこやかに迎えて、笑みとは逆に二人を田舎者と見下した。
「頼朝卿はともかく、その娘がたやすく入内などできると考えているのですか」
「頼朝に伝えよ。武力を笠に着て、何事も押し通せるとは思われぬようにと」
「…今は(丹後局を)敵に回したくはない。こらえてくれ」
「わしは、都は好かん」
頼朝は東大寺の再建に力を注いだにもかかわらず、
頼朝の功徳を讃えられる予定が反故にされた。
「わしが罪深く、御仏に見放されている」
この背景には頼朝と手を結ぶ九条家と、力をつけてきた土御門家(つちみかどけ)の争いがあったのだ。
大姫はなかなか寝付けずに寝所を抜け出した。
しばらくして、政子と義時は寝所の大姫がいない事に気がついた。
館の中を探しても姿がなく、頼家と重忠が手勢とともに京の街へ飛び出した。
「…そもそも入内に無理があったのよ」
政子が悔やんだ。
「近頃の鎌倉殿はなんだかおかしい。すごく焦っているようだ」
義時も同じ懸念を抱いている。
一方、義村は別の宿所にいる。
大姫が入内すれば、ますます北条の力が増して、
三浦と力関係が逆転し差がますます開くと考えていた。
義村は落ち着くために宿所の外へ出た。
人の気配に気付き、近づくと雨に濡れそぼった大姫が震えている。
「何もかも嫌になって表に飛び出し、気がついたら、ここにいました」
「姫は自分の生きたいように生きるべきです」
義村は優しく諭して、胸のどこかに大姫の入内が立ち消えになることを期待した。
「私の幸せ…」
つぶやいた途端、大姫は崩れるように倒れた。
大姫は高熱を発し、容体は悪化の一途をたどった。
入内の話は延期になった。
二年後、政子の懸命な看病も虚しく、二十年の生涯を閉じた。
「わしは、あきらめぬぞ。まだ、やるべきことがある」
頼朝は大姫が病死したのは修善寺にいる範頼が呪詛したからだとしか思えない。
修善寺で謹慎している範頼は村人と畑仕事をしながら穏やかな一日を送っている。
その範頼の命が、景時が放った善児により奪われた。
このところ、頼朝は熟睡できない。
天に守られた命が残り少ないと察し、不安と焦燥にさいなまれている。
(つづく)
今回のゆかりの地は伊豆の修善寺。
ここは半日、訪問してゆかりの地を散策したので、別途、詳しくご紹介します。
【修禅寺】
修善寺にある曹洞宗の寺院。正式名称は「福地山修禅萬安禅寺(ふくちざんしゅぜんばんなんぜんじ)」。
鎌倉時代には源氏一族の興亡の舞台になった。
名称 | 修禅寺 |
所在地 | 静岡県伊豆市修善寺964 |
【日枝神社】
修禅寺に隣接している。
境内には夫婦杉の大木がある。
源 範頼が幽閉され住んでいたという信功院跡(庚申塔のみが現存する)
名称 | 日枝神社 |
所在地 | 静岡県伊豆市修善寺826 |
修善寺のスポットをたくさん紹介したこちらのブログも是非ご覧ください!
また次回もお楽しみに!