
みんがらーばー(こんにちは)! 鎌倉 農泊きょうぎかいで 研修生をしています、みゃんまーの りゅうがくせいです!
まいにち、鎌倉の ゆたかな しぜんのなかで、どろんこに なりながら、のうかさんの ちえを おしえてもらっています。 つちに さわるように なってから、わたしの「ごはん」の かんがえかたは ぜんぶ かわりました。 まえは、すーぱーで きれいに ならんでいる やさいを かうのが あたりまえでした。でも今は、はたけで かんじる「におい」こそが、どんな 高い そーすよりも、りょうりを おいしくしてくれる さいこうの ちょうみりょうだと、心から おもっています。
今日は、わたしが 研修生のときに かんどうした、「つちの においいが さいこうの ちょうみりょう」に なる、しんぷるで ぜいたくな たべものの お話をします。
1. とったときにする「生きている においい」の びっくり
はたけで じぶんの 手を つかって、やさいを とる 体験(たいけん)は、びっくりすることばかりです。 たとえば、つちから 少し 顔を だしている かぶや だいこんを そっと ぬいたとき、したのほうから「ふわり」と、あたらしい つちの においいが してきます。
それは、すーぱーの ふくろに はいっている やさいからは、ぜったいに わからない、ちからづよい 大地の においいです。 はっぱを ゆびさきで ちぎれば、元気な「命の においい」が いっきに 広がります。 この においいを かぐだけで、ふしぎと お腹が すいてきて、体が「ぱわーを ほしい!」と 言っているのが わかります。 つちを かるく おとすだけの じゅんび。よけいな ことを しない このときが、やさいが いちばん おいしくなる「まほう」なのかも しれません。
2. しぜんの おんがくの なかに ある、つちの上の きっちん
はたけの はしっこに ある、しんぷるな きっちんでの りょうりは、耳や はな、体ぜんぶを つかう、とくべつな 時間です。 べんりな どうぐは ありませんが、そこには さいこうの おんがくが ながれています。
- 火の音: じぶんの 手で 木を くんで、火を おこしたときの「ぱちぱち」という 音。
- 水の音: あつい おなべに 水を いれたときの「しゅうっ」という ゆげの 音。
- きる音: とったばかりの やさいを ほうちょうで きく「とんとん」という いい りずむ。
これらの 音は、とおくの 鳥の声や、たけを ゆらす 風の「さわさわ」という 音と まざって、ここでしか きけない おーけすとらに なります。 耳でも おいしさを かんじると、りょうりを つくっている 時間も、心の ごちそうに なります。
3. しおと おいるだけで かんせいする、やさい 本当の 味
「こんなに 少しの あじつけで いいの?」と、はじめは びっくりするかも しれません。 でも、鎌倉の つちは、山に かこまれて、海からの 風が もってくる みねらる(体に いい せいぶん)が いっぱいです。 その つちで、のうかさんが 愛を こめて そだてた やさいは、味が とても こいです。
焼いた かぶや だいこんに、ぱらぱらと おしおを かけて、おりーぶおいるを 少し かけるだけ。 それだけで、やさいが 太陽の 光を あびて ためた ぱわーが、お口の なかで いっきに ばくはつします! やさいの ちからづよい 甘みが ひろがって、お腹だけでなく、心まで しあわせに なります。 むずかしい あじつけを しないから、やさいの「命」の 味を、そのまま もらうことが できるのです。
4. 「しんぷる」という、今の 世界で いちばんの ぜいたく
この 体験は、つかれている わたしの したを、優しく りせっとしてくれます。 いつも いそがしい 今の まいにちで、すまほを 見ないで、ただ 目のまえの「においい」や「音」に 集中して ごはんを たべること。これは、さいこうの でとっくす(体を きれいに すること)です。
高い たべものや、むずかしい りょうりじゃなくても、しぜんの めぐみを そのまま いただく。 この「しんぷる」な ことが、わすれていた「本当の ゆたかさ」だと 気づきました。
鎌倉の 農泊に きて、はたけの 音、つちの においい、命の 味を、わたしといっしょに かんじてみませんか? 体ぜんぶを つかって たべる ごはんは、きっと みなさんの「ごはん」への かんがえかたを、きもちよく かえてくれます!
次のぶろぐも、たのしみに して いて ください! ちぇーずーてぃんばーでー(ありがとうございました)!

