【鎌倉の歴史】鎌倉の大仏は誰が、何のためにつくったの?

本日も鎌倉農泊協議会ブログを見て頂きありがとうございます。

鎌倉農泊協議会の和則です!

久しぶりのブログ更新になってしまいましたが・・・・

これから農泊協議会のメンバーが毎週様々なジャンルで投稿していきますので

是非【鎌倉】を知って頂くきっかけにしてください!

今回の鎌倉農泊協議会ブログは鎌倉の大仏について知って頂こうと思います!

・鎌倉大仏の大きさ

鎌倉大仏は像高約11m(台座を含めると13.35m)、顔の長さだけで2.35mもあり全体の重さは121tとなっています。

ちなみに境内には大仏様のサイズに合わせたサイズの草鞋が展示されており、この草鞋の長さは1.8mで大仏様の耳の長さとほぼ同じになっています。

また螺髪と呼ばれる渦状の髪の毛。これは大仏様の特徴のひとつですが、鎌倉の大仏様には656個の螺髪があります。ちなみに奈良の大仏様の螺髪は996個です。

その昔大仏様を覆っていた大仏殿。大仏殿の大きさはよく分かってはいないのですが、周囲に残っている当時の礎石の大きさから高さ40mを越える建物であったと推測されており大仏様自体の大きさが高さ13mほどなのでかなりゆとりを持たせた豪華な建物だったようです。

さて皆さん!鎌倉に来たことがある人は、【鎌倉】といえば?3つ挙げて下さい。

この問いを聞かれたら、【鎌倉の大仏】を連想する人は多いのではないのでしょうか?

本日の記事TOPにも掲載しております、座っている大仏です。

よく考えてみるとあの大仏は何だろう?私自身小さなころ一度見たことがありますが、小さかった私にとっては大きく、少し怖かった印象があります。

今回はそんな【鎌倉の大仏】を詳しく紹介していきます。

「鎌倉の大仏」とは、高徳院(正式には大異山高徳院清浄泉寺)の本尊で、阿弥陀如来坐像のよび名です。

この大仏についての記録は少なく、作った目的、完成した年、なくなった大仏殿のことなど、わからないことがたくさんあります。

お寺の言い伝えでは、奈良の大仏をさんぱい参拝して感動したみなもとのよりとも源頼朝夫妻が、鎌倉にも大仏をつくろうと計画し、
夫妻の死後、頼朝に仕えていたいなだのつぼね稲田野局という老女がつくったことになっているそうです。

【鎌倉の大仏】ではなく、実際のお名前がある事はあまり認知されていないように感じます。

このブログをきっかけに、お名前がある事を覚えておいてください!

・当初は木材の大仏だった

そんな阿弥陀如来坐像は、現在ですと重厚感のある金銅で作られているイメージかと思いますが、最初に制作された大仏は木造を素材として制作されました。

大仏制作を進めたのは、鎌倉幕府のようで、幕府のお金や、浄光というそう僧が集めた寄付によって、制作されました。

1243年に完成しましたが、その後1252年に現在の金銅を素材とした大仏の制作が行われました。

何故木造で作られた大仏を10年経たずに作り直されたのか?

このテーマについて調べてみましたが、実際の原因は出てきませんでした・・・・

一説によると大嵐で木材の大仏が壊れてしまった説、木造の大仏は金銅の大仏の鋳型だった説等が有力とされているようです。

完成まで、かなりの年月がかかったようですが、完成した年は正確にわかっておりません。

初めは大仏殿の中にありましたが、その大仏殿は、大風などでたびたびこわれ(津波でこわれたという記録もある)

室町時代に、今のような雨ざらしの大仏になったようです。

ここまで調べた内容でも、奇妙で不思議な阿弥陀如来坐像だと思いませんか?

調べれば調べる程、阿弥陀如来坐像の正体が気になりますので是非調べてみてください!

・アクセス 江野島電鉄長谷駅から徒歩5分

・〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷4-2-28

・0467-22-0703

・拝観時間 現在 8:00-17:00

・料金 大人200円 小学生以下150円

・HP コチラ

ここまでお読み頂きありがとうございます!
鎌倉大仏には謎多き歴史がある事、実は名前があった事、この2点を覚えていてもらえたら嬉しいです!
拝観料金もかなりお安いので、是非1度も見たことが無い方が今までの歴史を空気で感じることが出来ますので、是非行ってみてください!

鎌倉を知る上では欠かせない国宝ですので、興味を持ったかたはYouTube等で調べるとよりわかりやすいかと思います!

次回のブログをお楽しみに!