皆さんは、「鎌倉」ときいて、どんなけしきを思い出しますか? たぶん、赤いとりいがきれいな八幡宮や、にぎやかな小町こまちどおり、きらきらした海をそうぞうしますね。
私も、研修にくるまでは、そうでした。 でも、のうかさんのお家にとまって、土をさわる生活をはじめてから、私は知ってしまいました。 まだだれもいないそうちょうに、山の中の「やと」で見ることができる、神様(かみさま)がつくったみたいな、とても神秘しんぴてきな景色です。
今日は、私の人生の考えかたも少し変えてしまった、ある「きりの朝」のたいけんをお話しします。がんばって書きますから、きいてください。
1. きりがつくる、すいぼくがのようなしずかな世界
鎌倉の「やと」は、三つのほうが山です。朝、ここにふしぎな魔まほうがかかります。 夜のつめたい空気が山の下にたまって、真っ白な霧(きり)になります。 朝、窓(まど)をあけると、いつもの畑じゃありませんでした。古いすいぼくがの絵の中にはいったみたいで、とても幻想的(げんそうてき)でした。
「今の時間が、この場所がいちばんきれいなときだよ」 農家さんの優しい声といっしょにお外にでると、つめたい霧がほっぺたを触(さわ)りました。 とかいのつめたい風じゃありません。森の水がいっぱい入った、どこかなつかしくて、甘いにおいがします。
深く息をすうと、はなからはいの奥まで、土のにおいと、おきたばかりの花のにおいがきました。 とてもしずかで、自分のこきゅうの音も、しぜんの一部になったみたいで、とても不思議な気持ちでした。
2. 「いのちのダイヤモンド」がおきるしゅんかん
太陽がでて、霧がすこしずつ消えると、畑が見えてきます。 そこにいたのは、今まで見たことがないくらい光っている、鎌倉野菜たちでした。
- あさつゆのひかり: 葉っぱの一枚(いちまい)ずつに、まるい水がのっています。それが太陽にあたって、ダイヤモンドみたいにキラキラ光っています。
- 野菜(やさい)の呼吸(こきゅう): 「見てごらん、野菜がうたっているみたいだよ」と農家さんが言いました。紫(むらさき)のキャベツやほうれん草(そう)が、太陽にむかって「背のび」をしているみたいでした。
- 命の重(おも)さ: 土をはらって、とったばかりの大根(だいこん)をもちました。とてもずっしり重いです。これはスーパーの野菜ではわからない、「命」そのものの重さだと思いました。
野菜はただの食べものじゃありません。私たちの命をつなぐ、大切なパートナーだと心のそこから思いました。
3. 深呼吸で体が新しくなる、最高のリセット
都会で仕事をしていたとき、私の朝はスマホの音でおきる「たたかい」の時間でした。 でも、ここの朝はちがいます。 きこえるのは、ウグイスの声と、竹の葉っぱが風にゆれる「サワサワ」という音だけです。 このしずかな中で、ゆっくりゆっくり深呼吸をしました。私の体の中のさいぼうが、きれいなさんそで「おはよう!」と元気に起きるのがわかりました。
「あぁ、私、ちゃんと生きてるんだな」 そんなあたりまえのことに気づくだけで、目がパッとあかるくなります。 つかれや、心のトゲトゲが、霧(きり)といっしょに消えていく感じがしました。
4. 農泊だからすわれる「とくとうせき」
このしんぴてきなけしきは、朝はやく、その場所にいる人だけが見ることができます。 農泊の一番いいことは、お家からサンダルをはいて数歩あるくだけで、そこがもう「おきたばかりの畑」というとくとうせきなことです。
「観光」にいくのじゃなくて、「暮らし」としてその場所でいきる。 スマホをおいて、とけいも見ないで、ただしぜんのリズムに身をまかせる。これは、私たちが忘れていた「にんげんらしい気持ち」を思い出させてくれます。
農家さんの温かい手。きりでぬれた土のやわらかい感じ。 そして、自分たちでとった、いのちの味がする朝ごはん。
鎌倉のもう一つの顔、「谷戸の朝」をたいけんしてください。いっしょうわすれることができないかんどうが、皆さんを待っています。 研修生の私も、いつか皆さんとこの霧の畑であえる日を、心からたのしみにしています!
チェーズーティンバーデー(ありがとうございました)!


